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酔った勢いで言わせて。

思ったことを徒然と。正しいと思うことをつぶやきます。

19人刺殺「障害者は死んだいい。その方が家族は楽だ」

Yahooニュースに植松容疑者の別の知人によると植松容疑者は去年、

「障害者は死んでくれた方がいい。その方が家族は楽だ。」と話していたとあった。

 

私はこのニュースを見て涙が出てしまった。

亡くなった19名を偲んでの涙ではない。人間の愚かさを嘆いての涙だ。

優生思想の歴史 (明石ライブラリー)

優生思想の歴史 (明石ライブラリー)

 

どうして幸せになれないのだろうか?どうして助け合えないのだろうか?

そんな拭い去れない疑問と悔しさが涙になった。

 

殺人の是非はともかく、残念な事に、人間は弱い。

苦労が積み重なりすぎてしまうと精神を病み、愛していた対象でも、

介護の必要な身内に対して「死んでくれ」と思ってしまうことがあるのは確かだ。

それは老老介護によって心中や殺人が頻発していることからも明らかだ。

人間は追い詰められてしまうと他人を殺してしまう生き物なのだ。

 

もちろん、私はそんなことしない!その人たちが弱いだけ!

その人たちの道徳観が悪い!その人たちがクズ!殺人鬼!と、

責任を押し付けることはできるだろう。

だけどそれじゃあ世の中はよくなっていかない。

 

一部の富裕層だけが幸せな老後が送れればよくて、

貧困層老老介護を強いられる環境では殺人が起きても看過・放置するということだ。

それじゃあ何の解決にもならない。

 

人は助け合って生きていくことができるはずだ。

私は、どうしてこうなる前に、こんな考え方になる前に、

社会が助けてあげられなかったのだろうと悲しくなった。

障碍者は家族にとって負担になる」この考えが当たり前ではいけない。

障碍者がいても家族は幸せ」が当然になるような社会にならなければいけない。

そのためには障碍者を抱える家族を支えるシステムが必要なんだ。

 

どうしたら殺人が防げるのか?

警備を増やせばいいのか?刑罰を重くすればいいのか?

そんなことじゃ~ない。

殺人なんかしなくても、幸せだと思えるような社会を作ることが、

殺人を引き起こさないために一番重要なことなんだ。

社会からの救いの手が足りないがゆえに19人が死に、一人が捕まった。

私はどうにかこの社会を変えたい。

 

こんなまるで真逆の記事も書いています。

iwasete.hatenadiary.jp

でもこれは、真逆じゃなくて、共存できる考え方だと思う。

自己責任論ではなくて、Win-Winを構築しなければならない。

そういう誰からも不満が出ないような社会にどうにかしたいと切に願っています。